横浜国立大学教育人間科学部鎌倉附属小学校
―「教育UPセミナー 2011 潤」資料 2011.06.25
自然でより良い歌唱のために
長谷川 敏
(茨城大学名誉教授、Libero Canto 声楽指導者)
自然でより良い歌唱のために 長谷川 敏
○ 声楽教育について 教師がなすべきこと。~理想像として~
・充分な声楽技術をもち、楽曲を理解することができる。模範唱が適確にできる。
・児童・生徒への指導について、児童・生徒の声がうまく出せない時、その部分を指摘で
きる。
1. なぜ声がうまく出せないか、
2. どうすれば出せるようになるか、
3. 模範唱をして正しい歌い方を実際に児童・生徒へ示すことができる。
4. 児童・生徒がうまくできなかったその部分を直して、声を出させる技術があること。
・そして、正しい歌唱技術の上に立った音楽作りができる。
一般に声の良し悪しは生まれつきのものであると考える人が多いのだが、それは間違いではなかろうか。世の中には確かに良い声をすぐに出せる人も存在する。しかしそれは、その人の声がそこで機能しやすい状態にあるということではないか。
教師としては、良い声はそのまま伸ばしてやり、逆に上手に声が出ないときには、その発声方法に欠点がある場合が大部分であると認識して、それらを改良してやるというのが大事な仕事であろう。
実際の授業の現場では「さあ、皆さん大きな声で元気よく歌っていきましょう!」というような感じで子どもたちに歌わせることが多いと思われるが、これでは子どもたちは胸に力を入れてしまって身体を硬直させる。そしてこの張り切った状態で歌うのでは低声域から中声域は何とかなるが、高声域にかかると必ずアンバランスが生まれてうまく歌えないことになる。
楠本教諭がこうした問題の解決のため、身体の束縛のない発声法を求めて努力を重ね、現場に生かす方法を追求しておられるのは、このことを長年研究している筆者にとっても大変心強い。
○基本的な考え方
声を出すこと、歌うことというのは、立つこと、歩くこと、腕を上げ下げすること。腰掛けることなどなどと同様に、人間にとってすでに与えられている機能であって、何か人工的なやり方を加えないとそれができないというわけではない。手を上げるとはどういうことか。意思に基づく信号が脳から神経を伝って筋肉を動かすこれらのことが瞬時に意識しないで普通にできてしまう。そうしたことが歌唱の場合でも同様にある。先ず、歌唱については、考えて構えなければそれができないということではなく、人に本来与えられている機能をそのまま実現して行くということが基本になる。
次に声とは一体何かということになると、これは息そのものであり振動する空気である。肺から出る息が喉頭を通る時に声帯の振動によって声に変わる。そして口腔や鼻腔など共鳴する場所を通って身体から出て行くということ。
小学生、大人、老若男女、人種に関係なく健康であれば誰でも本来はよい声が出せるものである。
しかしながら各人はそれぞれの環境によって話し方、歌い方は様々に変わっていく。そして癖を獲得していくようになる。思うように声が出ない、話しにくい、歌いにくいというのは悪い癖がそれを邪魔しているからである。癖を直して正しい方へ向けてやることができれば、声は自由になっていくことができる。
本来持ち声などというものはない。ただ息が喉を通って身体の外に出て行くその過程で千差万別の声がその時その時に起きるということである。
○良い歌唱の状態とは
1.明るく、軽く、透明な喉頭のメカニズムによって歌われていること。
2.横隔膜の働きによって息が喉頭を通るときに声となり、共鳴腔を通って身体から放たれる、この一連の動きに渋滞が起きないこと。息が自由に吐かれていること。
3.身体の諸器官に硬直したところがなくリラックスしていること。
美しい声は発声メカニズムが正しく機能した結果であって、濁ったりゆがんだりしている声は神経と筋肉の間違った技術の結果であるということを認識することが大切である。
○トレーニングの方法について
1. 練習は大声から入らないこと。
声を作り出す声帯は成人で長さ1.5cmほどの精緻な器官である。息がそこを通るときにショックがあると壊れやすい。ごく軽い歌い方が必要であり、これは弱声(ピアノ)においても強声(フォルテ)においても変わらない。練習は小さい声によって注意深く行われるべきである。
これに熟達すると軽いままに大きなエネルギーを出せることになる。このことが自由な歌唱への道である。
2.Intonation歌い出し(起声)について
各フレーズの歌い出しは音が爆ぜて出てきたり、鬱積を伴って出てこないようにしたりする。
どんなピアノ どんなフォルテであっても常に歌い出しは透明な瞬間をもっていること。
3.全声域にわたって明るい、軽いメカニズムを指向すべきこと
暗く、重い歌い方をすると声域は広がらず、喉頭への負担が大きく、声の発展は望めない。
4.母音のレガートが声の訓練の基本であること。
母音で音を繋げて行くことが基本。顎ほぐしのために子音を時々加えるのは大変有効であ る。
5.声は息であり 歌うことは息を出すことである。 息の道を妨げないことが重要。
息の道を妨げやすい箇所が主として次の3つである。
1.上胸部・・・いわゆるプレッシャーがくるところ。 緊張すると息が止まり易い。
ここの鬱積は概して男性に多くみられる。上胸はいつもやわらかく。
2.下顎部・・・手を当ててみれば分かるがここは自分でも意外なほど近くて遠い、まるで他人のような感じのする、自覚に乏しい場所であり、しかも最も息が止まり易いところである。
3. 舌根 ・・・緊張すると舌は中に入ったり固まったりする。そして息の流れを止めることになりやすい。
その他、肩や首あるいは背中など身体のあらゆる部分が息の道を邪魔する原因となりうる。
Libero Cantoではこれらをほぐして息を通り易くするトレーニングが主体となる。
次ページへつづく
●横浜国立大学鎌倉附属小学校 楠本 勝教諭による資料を参照のこと。
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